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コラム

【アワサヌキ】親の期待に応え続けた先、、、燃え尽き症候群、、、そして帰還

カテゴリー:男性性・女性性 親子関係

おはようございまぁす(^^)。

連休をいかがお過ごしですか?o(^▽^)o

 

以前に書いたコラムで、

私は、

『小さいときからスーパーいい子ちゃんで、親の顔色を見ながら育って来た。』

『親が喜ぶ事が自分の喜びで、人に合わせるのが得意だった。』

『親から「やっちゃん、いっぱい勉強して、いい大学に入って、大きな会社に入るのが、やっちゃんの幸せなのよ」と言われて育って来た。』

『その通りにずっと勉強を続けて、青春時代と言われるものもなく、親が言ういい大学に入ったら、大学がゴールではなかった。』

『大学に入って、自分を見失って、何もやる気がなくなった。』

『それでも、大きな会社に入って、、、学校で学んだ事が一切役に立たない事に愕然とした。』

『大きな会社に入るのが幸せって、、、嘘だという事に気が付いてしまった。』

『一回目の結婚でも、いい旦那を演じているうちに、、、自分の中で大爆発をして、今まで築き上げてきたものが、目の前で音もなくどんどん崩壊していった。』

などなど書いてきました。

 

Facebookの思い出で出てきたんですが、昨年、LDMのシークレットセミナーで、『LDM棚卸しセミナー』というのがありました。

あの時は、堀内さんが、どんな生き方をして来たのか、LDMはなんで生まれて来たのか、ライフ・デザイン・メソッドとはなんなのか、なんて話を聞かせてもらいました。

話を聞いていて、堀内さんの過去と近い所が結構あるなぁ〜と感じました。

あたしが感じた堀内さんと私の違いは、、、

『堀内さんは、親の顔色を見て生きているうちに、自分の中に、反逆心が生まれて堀内さんは自分の世界に入っていって、今の堀内さんになった』

『私は、親の顔色を見るいい子ちゃんを演じて、最後まで演じて、内部崩壊して、強制的に今の自分になった』

という風に感じたんですよね。

 

親から言われていた事、、、、

『一生懸命勉強して、いい成績を上げると、いい大学に入ると、大きな会社に入れるから。そうすれば幸せになれるから。』

『それが、やっちゃんの一番の幸せなのよ。いっぱい勉強してね。おかあさん応援してるから。』

私も母親もこの言葉通りの事をやりました。

私は勉強をし続けて、、、、母親はそのサポートをし続けました。

まぁ、青春時代と言われるような体験は実質なかったと言ってもいいかも。

なんかしようと思ったりしたけど、いつも勉強しなきゃと戻っていました。

LDMでいうならば、ガイドからどんな情報(インスピレーション)が降りてきても、

フィルターが『いい大学に入ると幸せだから勉強しなさい』という『枠』を設定していて、

結局、チャージでは、勉強を優先するという生き方を実践していたのです。

私には、いい大学に入るためにはなんでもやるという事が自動設定がされていたのかもしれない。

で、ほんとに入れちゃいました(笑)。

 

で、大学に入って思った事、、、、、、

『ん???、、、で、、、何をしたらいいんだ?(?_?)』

『どうも、ここは、人生のゴールじゃないらしい、、、、、???』

でした。

 

『じゃぁ〜なんかやらなあかんのかなぁ〜』

と思ったりもしたんですが、大学入る前のようなエネルギーが出て来ない、、、。

 

授業出ても、予備校の先生のような魅力的な先生がいない。

教科書読んでもなんかよくわからない。

サークル行ってても、情熱が湧かない、、、、ばけつで一気?意味分からんし、、、(笑)。

サークルで女の子と話しても何言ったらいいか分からない。

自分が何をしたいか、、、わからない、、、

英会話教室行ってみたけど、、、それがなに?

まぁ、いろいろありました。

 

なんか、本気になれる物が何一つない。

『受験終わって、、、何をすればいいんだ?いい大学入ったら幸せなんだよね、、、、?』

まぁ、はてな?だらけでした。

いや、、、すでに無感覚になっていたので、はてな?だったことも分からなかったかもしれない。

この疑問をぶつける先もなかったんです。

だって、、、『いい子はそんな事言わないから』。

そして、なんとなく過ごす日々が続きます。

 

まぁ、それはそれで、大学時代がつまらない訳ではなかったんですけどね。

大学時代そのものは面白かったです。

なんてったって、

それまで、ある意味、自分のガイドレベルでしたい事はすべて封印していましたので、、、、

(勉強は好きだったんですよ、、、フィルターレベルでは、、、、)

有名総合大学に入るとそれこそいろんな人がいるので、そういう人たちと関わるのは面白かった。

大学4年間はいい思い出ではあるんです。

でも、、、それで、、、自分が満たされていたかというとそうではなかったなぁ〜。

 

大学時代に私が一番学んで来たものは、、、俗にいう世渡りでした(笑)。

見ず知らずの人に授業のコピーを頼む、代返を頼むなんて当たり前。

どうやったら楽に大学生活が送れるのか、、、そんな事ばっかりでした。

 

なんで、大学はいるまであんなに勉強してたのに、

いきなりしなくなったのかと不思議だなぁ〜と会社に入ってから感じてましたが、、、

今こういう仕事というか御役目をさせて頂いていると、あれは一種の病気だったのかもしれないなぁ、、、、、

今思うと、『燃え尽き症候群』だったのかと思います。

 

ちなみに、、、、話がそれますが、大学時代に学んだこの『世渡り』、その後自分のためになることになるんです。

面白いですね。これは後述しますね。

 

今まで熱心に仕事などに打ち込んでいた人が、突然ガス欠したかのように無気力状態になってしまうことを、

燃え尽き症候群(無気力症候群)といいます。

ちなみに、燃え尽き症候群とは、アメリカの精神分析学者H・フロイデンバーガーが命名した病名です。

「燃え尽き」とは、自分が最善と信じて打ちこんできた仕事、生き方、対人関係の持ち方が、まったく期待はずれに終わったことによってもたらされる疲弊の状態と定義されています。

でも、私の体験から見ても、これって誰にでもなりうるものだし、なっている人って多いんじゃないかと思うんですよね。

この状況を、うつと診察されている方も多いじゃないかしらと思います。

自分の追い込んで成果を創り出すのは、サヌキ(男性性)の特質です。

これは大きな成果を創り出す事が出来ますが、、、内面を満たすことをしないで、

外側に成果を追い求め続けると、自分の内面が枯渇します。

特に、成果を創り出すことを外側からの評価に求めていると、私のような事になる事もありますので、

ぜひ、『あなたの内側が何を創り出したいのか?』ということを意識して、

自分らしい人生を送ってほしいです。

最近の、子供たちの小さい時から受験勉強をしている姿を見ていると、ちょっと心が痛みます。

あれって、、、子供たちの内側からやりたいことなのでしょうか?

 

なお、精神疾患の際に結構重要なのは、脳を休める事だったりするのですよね。

結果的にですが、、、私の場合は、やる気がなかった性で、精力的に活動する事もあまりなかった。

徐々に徐々に社会に適合していく時間を取れた事が幸いだったようです。

完全に無意識で行っていた事ですが、自分が大学時代にやっていたのは、

アワ(女性性)を癒す事だったようです。

ストレス内状態を過ごすことで、、、徐々に徐々に自分のアワ(女性性)が癒されていきました。

 

あと、唯一、たのしぃ〜と思ったのは、今思うと旅行だったかな。

これも、友人が誘ってくれたことで少しずつ自分を変える事が出来ました。

今思うと、ほんとありがたいですね。

自分の触れた事がない自由な環境、オープンな雰囲気、自分で作っている感覚、自然とふれあう、、、

全部、自分にとっては楽しい時間でした。

でもね、、、、大学に行っているときは、気が付かなかったんですよ(笑)。

気が付いたのは、大学の卒業旅行でアメリカに行ったときになるのですが、、、。

 

あの大学の卒業旅行で、自分自身が、燃え尽き症候群から復帰できたんだなと思います。

ちなみに、燃え尽き症候群からの復帰とは、、、自分の内面というかアワ(女性性)を満たす事と深く関係するようです。

 

燃え尽き症候群の特徴としては、外側からの期待に応えるということがあります。

ここで、問題となるのが、

『外側に対する思いから来ている』のか、

『自分の内側から湧いてきている』のか、

が大抵の人は区別が出来ない事が多いんです。

 

そして、外側に対する思いから来ている人は、サヌキ(男性性)から動いているので、

思い込みが大きいので軌道修正が為難いので、、、、突っ走っていくんですね。

そして、、、いつかエネルギー切れを起こすんです。

 

ちなみに、そのアメリカの卒業旅行は、すごかったんですよぉ〜。

すっごい刺激的でした。ははは。

あの旅行を思い出しても、やっぱり私は刺激がないと、感じられない人だから、

あんないろんな出来事を用意してくれたんだなと思います。

大学4年間でじわじわと自分を癒していきながら、、、、あの卒業旅行でスパークしたのかなぁ〜。

これは、別の機会で書かせて頂きます。

 

思い起こすと、我が家の場合、家族旅行というものが実質ありませんでした。

両親と兄弟含めた宿泊の旅行は、後にも先にも私が小学校4年生の時に行った熱海の1泊旅行1回だけでした。。。。

その次は、、、そっかぁ、、、今から11年前の母が大阪で他界した時になりますね、、、、。

母は他界していましたが、私と父と弟は大阪に泊まりました、、、、。

こう思うと、母の他界は、いろいろな意味で卒業だったのかもしれません。

 

『旅での出会いと経験』どうやら私の人生の中ではひとつのキーワードのようです。

これから、いろいろな場所でお会いする事もあるかもしれませんので、そのときはよろしくお願いしますね。

 

 

 


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